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平成18年5月17日号
ISOWAビトの物語

 会社に製品あり、製品の陰に人あり、人に歴史あり──。

 株式会社ISOWAを形成してきたISOWA人──ISOWAビト。その生きざまを追う時空を超えた旅へと、社長・磯輪英之がみなさまをお連れするこの連載も、いよいよ最終回です。12回目の今回、私たちを乗せたタイムマシンは、昭和から平成へと戻ってきました。

 平成2年6月、ISOWAは、それまでの『株式会社磯輪鉄工所』から『株式会社ISOWA』に社名を変更しました。東西ドイツが統一したこの年、日本ではバブル経済が崩壊。世界は大きな転換期を迎えていました……。

第6回 ISOWAの今、そして明日

第2話 ISOWAビト、未来へ

磯輪英一、叙勲

藍綬褒章を受章した時の英一。妻幸子とともに。
昭和末期、日本全体がバブル景気に浮かれた異常ともいえる雰囲気の中にあって、しかし、ISOWAは冷静だった。銀行が旗振り役となって、猫も杓子も“財テク”に邁進していた時代。もちろんISOWAのもとにも、“甘い話”が無数に寄せられてきた。だが、ISOWA経営陣の姿勢が揺らぐことはなかった。

 「ISOWAは独立独歩の企業ですから、万が一、困ったことが起きたとき、助けてくれるところがありません。つまり、自分の身は自分で守るしかない。本業以外に手を出さなかったのは、こうした経営哲学に由来しているのです」。

 現会長の磯輪武雄は当時をこう振り返る。当時は“愚直”とまで呼ばれた、地味で堅実な経営姿勢の正しさは、いま、あらためて言うまでもないだろう。

 バブル崩壊後、日本経済は長い冬の時代に突入した。ゆるぎない経営基盤を確立していたISOWAにとっても、その経済環境は厳しいものだった。しかし、大企業では難しい小回りの良さを生かした丁寧なサービスと、持ち前の技術力を駆使した新機種開発の2本柱で、専業メーカートップの座をひた走った。

 出口が見えない平成不況の世の中にあって、しかし、ISOWAに嬉しいニュースが飛び込んできた。現相談役の磯輪英一が、長年の功績を認められ、日本国政府から平成5年に藍綬褒章を、さらに平成11年、勲5等双光旭日章を授与されたのだ。

  「まさか、自分が勲章をもらえるなんて思ってもいませんでしたから、驚きましたよ。でも、これは、私個人というより、これまでのISOWAの歩み全体を評価していただけたもの。みんなを代表して頂戴したわけです。“ISOWAもここまできたか”と考えると、誇らしく、感無量でした」(現相談役・磯輪英一)。

社員が率先して始めた風土改革

オフサイトスタート時のメンバー:前列右から水谷、小田島、田口、木村、玉置、森。後列右から中田、小久保
平成11年に開発された、世界初の非循環式フレキソフォルダグルア『スーパーフレックス』が、2年後の平成13年に、欧州段ボール協会技術評議会で最優秀賞を受賞。その年の6月、私、磯輪英之は、ISOWAの第4代社長に就任した。21世紀の幕開けでもある記念すべき年だったが、経済環境は最悪。相応の覚悟を持って社長職に臨みました。

 だが、そんな“氷河期”とも呼ばれる厳しい外界とは裏腹に、あるいは、新世紀の訪れに敏感に呼応したかのように、ISOWA社内では、新たな胎動が始まっていた。奇しくも同年執り行なわれた、ISOWA創立80周年記念の催しが、直接のきっかけとなった。

 ある著名なコンサルタントを招いて行なった講演会のテーマは、「これからの会社をどうするか」、「そのなかで社員1人ひとりはどうあるべきか」。この話に刺激を受けた若手社員から“自由に話ができる場を作りたい。まず、場所だけ提供してもらえないだろうか”という提案が届いた。私がその申し出を断る理由はどこにもない。

 8名の有志が自主的にスタートさせたオフサイト(業務外)活動『定時後ミーティング』は、『リノベーション』、そして、『社楽』へと発展していった。“終業後も夜遅くまで大変だね”という私の問いかけに、あるメンバーはこう応えてくれた。

  「全然大変じゃありませんよ。社長に言われたからやっているんじゃない。自分たちのためにやっているんだから、楽しくやってます」。

段ボールを通じて世界中に夢を

【Box Dream】開発メンバー:右から責任者の畑佐、加藤、戸塚、山崎、井原
平成15年、ISOWAは、世界初の新型フレキソ印刷機構『ハイパーフレックス』を開発。インクロス、廃液を激減させた同機は、環境とコスト、両面への優しさが高く評価され、作った私たちでさえ驚くほどの大きな反響を得ることができた。

 さらに翌々年の平成17年には、CANONと4年を費やして共同開発した【Box Dream】が、ついに完成し、その実力を世に問うこととなった。同機の開発に携わってきたのは、35〜37歳の若手スタッフが中心。つまり、【Box Dream】は、次世代を担うISOWAビトたちが、ISOWAの次代を占う製品を作り上げるプロジェクトだったのだ。 「平成16年の夏頃には、“上手くいかないかもしれない”と弱気になったことも、正直ありました」。

 開発に際し、中心的な役割を担った現製函グループマネージャーの畑佐和弘は、【Box Dream】の記者発表を前に、振り返った。 「技術というのは、保守的にならざるをえないところがあるんです。でも、そこを1歩踏み出さなければ。発表に至った【Box Dream】ですが、品質向上の手は今後も緩めません」。

  【Box Dream】は、今までにない段ボールの需要を喚起できる画期的な印刷機として、素晴らしい反応を獲得している。

 創業以来85年、ISOWAは本当に手堅く企業活動を続けてきた。無借金で財務体質の良さは抜群。そんな環境で経営に携われる私は、実に恵まれている。

  “段ボールを通じて世界中に夢を提供する──。”このテーマを実現していくのが、ISOWAの役割だ。ならば、それに関わってくれるISOWAビトたちに夢を提供するのが、私に課せられた使命に違いない。ISOWAビトとして生を受けたこと、そして、ISOWAを今日まで築いてくれた先達諸氏に感謝の意を表し、連載の筆を次の者に譲りたい。




   文中敬称略